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コラム「古典に咲く花」 第8回「藤」

2024.04.27 / 月野木若菜
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藤は日本原産の固有種で、長い花房を優美に揺らす美しさは他に類を見ず、甘い香りがたちこめ花の蜜を求めて蜂も集まります。

古くから高貴な花として、歴代の天皇、貴族に好まれて来ました。春の終りから夏にかけて二つの季節を咲き続けることから、二季草(ふたきぐさ)の別名も持っています。

「春の花はどれも気忙しく散ってしまうのが恨めしいが、藤の花だけはひとつ立ち後れて夏にかけても咲き続け、ずっと目を楽しませてくれる。それが妙に奥ゆかしくしみじみと感じるなぁ」と、源氏物語第三十三帖「藤裏葉」(ふじのうらば)で、頭中将が甥の夕霧に語ります。

清少納言は、枕草子三十四段に「しなひ(花房)長く色濃く咲きたるいとめでたし」と藤の花を褒め、三十九段の「貴(あて)なる(上品な)もの」にも藤の花をあげています。更に、八十四段の「めでたきもの」で、再び「色あひ深く花房長く咲きたる藤の花松にかかりたる」と記し、八十五段では「紫の紙を包み文にて房長き藤につけたる」と、風流な手紙のスタイルも紹介しています。長い花房、高貴な濃い紫色にすっかり魅了されてしまった様子が伺えます。

新古今和歌集からは、まず紀貫之の一首。
「暮れぬとは思ふものから藤の花咲ける宿には春ぞ久しき」

意味としては、「もう春は暮れてしまったと思うけれども、藤の花が咲き続けているあなたのお屋敷には春が永遠に留まっています」という感じですが、実はこの歌の「藤」は当時絶大な権力を誇っていた「藤原氏」を意識した「藤」であると言われています。つまり、相当のヨイショですね。こういうお世辞も詠まなければならなかったとは、貫之さん、「職業歌人もつらいよ」ですね。お疲れ様でした。

一方、同じ新古今和歌集の、
「かくてこそみまくほしけれ万世をかけてにほへる藤波の花」(醍醐天皇)
「まとゐして見れどもあかぬ藤波の立たまくをしき今日にもあるかな」(村上天皇)

ですが、実はこの二首、後に源氏物語で描かれる藤壺宮の由来となった宮殿「飛香舎(ひぎょうしゃ)」(別名「藤壺」)で詠まれた歌なのです。藤の花が取り持つ史実とフィクションの連鎖に、不思議な感慨を覚えます。この二首にある「藤波」という言葉は、万葉人が枝垂れる藤の花房が風に靡く様を「波」に見立てた造語と言われています。藤の花の揺らぎが、海のうねりや波頭のしぶきと重なるとは、益々美しさが際立つ表現と感嘆します。

千三百年経った今も、俳句の春の季語として「藤波」はしっかりと残っています。

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華道家 中村俊月 Shungetsu Nakamura
Shungetsu Nakamura
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