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「細尾」細尾多英子さんの植物との暮らし「心になにかを働きかけてくる美しい花」

2022.06.15 / 高村学 撮影:石川奈都子
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元禄年間(1688年)から続く京都・西陣織の名門「細尾」。12代目で代表取締役社長の細尾真孝さんの妻、細尾多英子さんは「細尾」の取締役・コミュニケーションディレクターとして京都の染織文化を発信する仕事に携わり、忙しい日々を送っています。一方で、どんなに忙しくても日々欠かさないことが植物との関わりです。リビングやダイニングの花器に活けている花の水を差し替えることから1日が始まります。「春夏秋冬を感じながら、1日の始まりに花の水替えをするのがとても気持ちがいいです」と細尾さんは言います。

「細尾」

この日、「細尾」のオフィスのエントランスには、灯台躑躅(ドウダンツツジ)、檜扇(ヒオウギ)、そして赤い実をつけた山芍薬(ヤマシャクヤク)が活けられていました。花器は京都のガラス工房「ポンテ」によるもの。花器の土台には、さりげなくオランダのアンティークのキャンドルホルダーが添えられてあり、そんなところにも細尾多英子さんの繊細なセンスが感じられます。「美しい花を見ると、心になにか働きかけてくることがあります。植物は食べ物と同じように心と身体の栄養にもなります。そして、柊が魔除けとして使われてきたように、私たちを守ってもくれます。植物をこんなふうに捉えるのは東西問わず昔から行われてきたことですよね」。

「細尾」では、絹をイメージする白い花をメインにして、旬の草花を添えることを心掛けているそうです。「いけばなは道であり様式美のことだと思いますが、細尾の花はおおらかで自由に、そして和とも洋とも行き来できるような感じだと思います。それから、枝ものを大振りに活けることが多いですね。枝ものは壁や物に当たったらどうしようと思わずに、当たらないようにすればいいだけです。花器も割れてもいいようにプラスチックを使うのではなくて、割れないように気を付ければいいだけ。そう思う気持ちが大切ではないでしょうか」。

一生変わらないことが大切ではない

「細尾」が担ってきた染織文化は、古くから植物と密接で、帯の文様や柄に多用されているのはもちろん、糸染めにもさまざまな植物が使われてきました。細尾さんは植物には癒しというよりエネルギーを感じていると言います。「例えば、草木染めは旬の一番良い時期の植物を使って染めるので、ものすごく強い力があります。奈良時代の名物裂が正倉院に保存されていますが、驚くほど鮮やかな色がしっかりと残っています。それだけ植物の力は強いということです。以前、樹齢300年ほどの梅の古木が倒れてしまい、なにかに使えないかと相談がありました。そこで、古木からエキスを抽出して梅染めをしてみると、なんとも言えないとても綺麗な色に染まりました。植物の最後のエネルギーをいただいたと感じました。植物は、本来は癒しというよりエネルギーのはずですから、花を飾ったり自然染めの服を身に纏ったりするのは無意識になにかエネルギーをいただこうとしているのかもしれませんね」。

「細尾」は今、日本ムラサキ草や日本茜(ニホンアカネ)といった絶滅危惧種の復刻に力を入れています。昨春には、西陣の工房からほど近い場所に、「古代染色研究所」という組織を立ち上げ、畑作りから古代染色の研究に取り組んでいます。「前田雨城さんという、植物染めの大家のお弟子さんと一緒に古代の色を再現して着物を作っています。紫根染めは、それはもう綺麗な紫ですし、日本茜も深く気品のある赤で、バイタリティに溢れて本当に見事です。こうして考えると昔の人はとてもおしゃれだったと思います。暑い時期には秋草色が入った着物を着て涼を取り、寒い時期には夏の色の着物を着ていました。冷暖房器具がなかった分、こうしたことを意識していました。昔とくらべて今は身近から自然がどんどんなくなっていますから、私たちは意識して自然を取り込んでいくべきだと感じています」。

「細尾」はさらに、フランスではすでに絶滅してしまった希少な蚕を復刻させる取り組みも行っています。「セベンヌ白と呼ばれる蚕で、山形県の養蚕農家と一緒に活動を始めました。2020年に初めて糸が採れましたので、その糸を自然染めして帯締めを作りました。たくさんは作れませんので、旬な時期に採れた分だけをお譲りします。サステナビリティという言葉がありますが、捨てたあとのことばかり考えていますが、そうではなくて捨てないようにすることが大切ではないでしょうか。ずっと長く使えるものをお作りして、それを自分の中で育てていただくことが大切だと思っています。洗濯によって変色や色落ちしていくことは当たり前のことで、一生変わらないことが大切ではありません。一生変わらないことは、時の流れに逆らっているのでなにかおかしいと感じます」。

今そこに咲いている花は本物の自然

細尾さんが住む京都は、文化と自然が密接に結びついている街です。「庭の花を摘んで家の中で活けたり、さりげなく一輪挿しを挿したり、そんなふうに上手に暮らしに取り入れていますよね。床の間に花を飾り、お茶をいただきながら、しつらえの話をして、それが流れのひとつに組み込まれてもいます。京都に限らず日本人は生活の中に植物だけではなく、光なども含めて自然環境を取り入れるのがとても上手だと思います。今そこに咲いている花は本物の自然ですよね。そういったものを大切にしながらの暮らしは、とても豊かだと思います。身に着けるものに気を遣い、きちんとしたものを使いたいという、そういう気持ちと植物は密接に結びついていると感じます。温暖化や環境破壊の影響が出始めてようやく気付き出しましたが、なにかそういった根本的なことに向かってきていると感じます。人間は本能的にバランスを保とうとしますから、揺り戻しの時代になっているのだと思います。なにかそういった大きな流れがきているのかもしれませんね」。

「細尾」のスタイリングマット。シルクを使った美しいテーブルウェア。
「HOSOO LOUNGE」には、シルクをイメージした白い薔薇が。京都で1000年以上続く山科家の見本帖から考案された色鮮やかなマカロンをいただくことができます。

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華道家 中村俊月 Shungetsu Nakamura
Shungetsu Nakamura
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華道家 中村俊月 Shungetsu Nakamura