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コラム「古典に咲く花」 第10回「捩花」

2024.06.25 / 月野木若菜
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捩花(ねじばな)は、公園の芝生や明るい草地で見られる身近な野性蘭の一種。螺旋状に捩れたように花が咲くので、捩花や捩り花と呼ばれています。別名は「もぢずり」。

『万葉集』には一首だけ、「芝付(しばつき)の御宇良崎(みうらさき)なる根都古草(ねつこぐさ)逢ひ見ずあらば吾(あれ)恋ひめやも」という東歌があり、この根都古草が捩花という説もあります。(互いに逢うことがなかったなら、私は恋に苦しむことはなかったのに)と、捩れながら連なり咲く捩花に、詠み人は、千々に乱れる恋の苦しみを重ね合わせたのかもしれません。

話は花から逸れますが、捩花の別名「もぢずり」とは、現在の福島県信夫(しのぶ)地方で作られていた乱れ模様の摺り衣のこと。土地の名からか、模様を摺り出す忍草の名からかは不明ですが、「しのぶもぢずり」(信夫捩摺/忍捩摺)と呼ばれる絹染物は、平安貴族の間で大人気となり一世を風靡しました。

『古今集』の「陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにしわれならなくに」は、百人一首にある有名な歌。(陸奥のしのぶもぢずりの模様のように、恋に乱れる私の心。いったい誰のせいでしょうか。私のせいではない…あなたのせいですよ)という内容ですが、作者は光源氏のモデルと言われている平安の官僚、源融(河原左大臣)。忍ぶ恋を詠んだ歌として様々な古典の下地にも引用され、『伊勢物語』の「初冠(ういこうぶり)」にも、この歌を踏まえ、恋に乱れる気持ちが語られる一節があります。

元服して成人となった男が京都から奈良へ鷹狩りに行った先で、若く美しい姉妹を垣間見ます。寂れた里で出会う筈のない品位と美貌の持ち主に男はすっかり心を乱し、自分が着ている「しのぶもぢずり」の狩衣の裾を引きちぎり、その布に、「春日野の若紫の摺り衣しのぶの乱れ限り知られず」という歌をしたためて贈るのです。(しのぶもぢずりの模様が乱れているように、私の恋しのぶ心も限りなく乱れています)という熱いメッセージが、絹の服をちぎった一片に綴られていきなり届くのですから、当然姉妹は、「何なの、何なの」と、胸キュンで舞い上がったことでしょう。元服したてのこの都人こそ、在原業平! 当代一のプレイボーイの始まりです。

捩花は、7月半ばまでは身近に見られるとか。可愛い花序が捩れながら、バランスを取って茎を真っ直ぐに伸ばす姿に、あなたは何を感じるでしょうか。

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華道家 中村俊月 Shungetsu Nakamura
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