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長崎・雲仙で在来種を守り継ぐ拠点としてオーガニック直売所「タネト」を手掛ける奥津爾さん
■岩崎政利さんと出会い、雲仙に移住
長崎・雲仙の千々石町でオーガニック直売所「タネト」を運営する奥津爾(おくつ ちかし)さん。「ある方」との出会いをきっかけに雲仙に移り住み、「種」の大切さを伝え続けています。「タネト」では、市内自家採種の在来野菜を軸として、農薬や化学肥料をほぼ使用していない野菜を販売しています。また、井戸端のような訪れやすい場にしたいとの思いから、種や器、焼き菓子、古本なども取り揃え、料理教室や種取りの技術や哲学を学ぶ「種の学校」などの企画も行っています。
奥津爾さんは、「岩崎さんがいたから来ました。岩崎さんの畑を見て、素晴らしくて」と、東京から長崎・雲仙に来た理由について話します。「東京の吉祥寺で在来種だけを集めたファーマーズマーケットを開催した際に、岩崎さんの講演を聞いて初めて存在を知りました。その少し後、たまたま親戚の結婚式で諫早(長崎)に来た際に、雲仙が近いことを知り、岩崎さんの畑に行きたいと思いました。実際に畑を訪れてみると、畑が美しくて言葉や説明よりも先に感動がありました。岩崎さんの畑は理屈抜きに、本質的に美しかった。岩崎さんの畑に感動して、その後に長崎に来たので岩崎さんの畑ありきです。岩崎さんの畑の近くに暮らしたいと。最初は長崎に来て何をするのかは決めていませんでした。雲仙に住み、流れの中で直売所をやらないかということになりました」。岩崎さん、とは岩崎政利さん。雲仙で35年以上、80にも及ぶ在来種の種を自家採種し、種を守り継いでいる方です。
現在「タネト」が開かれている場所は、以前も直売所でした。その直売所の売り上げが低迷していたところ、新たに直売所を運営しないかと奥津さんに声がかかりました。「その当時、岩崎さんの野菜が買える場所は雲仙に一軒もありませんでした。岩崎さんに魅力を感じて雲仙にやってきたのに、雲仙のどこに行っても岩崎さんの野菜は販売されていないし、岩崎さんの野菜が使われているお店もなければ、岩崎さんの畑が開かれているということでもなかったです。雲仙に来たところで岩崎さんを感じるところが何もないな、と。オーガニックや無農薬などの野菜のほとんどが東京などの都市部に送られていて、生産地では買えないという現状がありました。たまたま直売所をやらないか、という話があって生産地でそのまま良い野菜が買える場所ができればと思いました」と、2013年に雲仙に来てから6年後の2019年に「タネト」を始めた理由について説明します。
■「種」の大切さ
岩崎政利さんとの出会いをきっかけに、種についても深く考えるようになりました。「元々、東京で仕事としてオーガニックの野菜や、より良い伝統製法で作られた調味料などを使う料理教室や飲食店をやっていました。しかし、自家採種した在来種の野菜自体が少なく、つくっている人がほとんどいません。当時のお店はオーガニックでしたが、オーガニックの野菜と言っても在来種の野菜ではないため、(在来種の野菜に)触れる機会はほとんどありませんでした。東京にいると在来種で、しかもオーガニックの野菜はほとんど手に入らず、リアルではなかったです。そのため、在来種や種の世界について本気で考え出したのはやはり岩崎さんと出会ってからですね。こんなに奥深い世界なんだ、と実感しました」。
また、種の現状や未来についても「長い作物栽培の歴史では本来、野菜や作物は人間が自分で種をとってまた蒔くというという営みからつくられます。しかし、現在の農作物のほとんどは種苗会社が種をつくっており、日本で蒔かれている種の多くは外国産。それらは自家採種できない作物で、より流通しやすく、つくりやすい、人間の都合に合わせた種が開発されています。もともと何万年も前から当たり前に行われてきた、自家採種した野菜というものが今の世の中ではほとんど手に入りません。そのこと自体が異常だといえば異常だなと思います。例えば、一般的にスーパーなどに並んでいる野菜は種をとることを目的としていないので、種を取り出して蒔いてもきちんと育ちません。『タネト』の野菜は種を取り出して蒔けばちゃんと育ちます。そのような自家採種の野菜を食べる人が減れば、つくる人たちも減ります。つくる人が減れば、種も減っていく。そうやってある一つの品種が無くなれば、その種は終わってしまいます。長崎の在来種野菜を食べる人が減れば、途絶えてしまいます。一度途絶えてしまうと復活することはできません。種とはそういうものです。流行り廃りとは別に、誰かが守らないといけないもので、誰かがバトンを受け継いでいかないと無くなってしまうのです」と、危機感を滲ませながら話します。
「タネト」では、岩崎政利さんが守り継いできた種や、その技術を志ある若い農家に継承できるような状況づくりにも取り組んでいます。「毎年、種をとって蒔くということは、DNAにその土地の風土の記憶が全部刻まれていくことです。一世代ごとにバトンが繋がれていて、種を冷凍保存することとは違います。冷凍保存して種を眠らせてしまうと、その毎年の蓄積がありません。遺伝子としては残るかも知れませんが、刻まれておらず、更新されていません。ただ、農家が毎年種をとって蒔くことには意味があっても、それを実際にやるにはとても手間がかかります。手間がかかっている割に、その価値を本当に分かって買う人はそう多くありません。ひとつのカボチャをつくるのに5倍手間がかかったとしても5倍の値段で買う人はいません。そのくらい厳しい現状です。その意味で、本当に心意気があって技術も伴った人、本質的なことの大切さを知っている人は響き合います。お金儲けのためにやっているわけではなく、もっと別の次元で、大きな時間のスケール感で仕事をしています。それは今だからこそ大事なことです。これだけ色々なことが効率化され、機械化されていくなかで、そういう本質的なことをやっている人は一定数いないといけないと思います。農業という意味で、岩崎さんは唯一無二の存在です」。
■企画で橋を架ける
奥津さんは「種を蒔くデザイン展」という企画も手掛けています。本来は何百年にもわたって命を繋いでいく種ですが、流通する野菜のほとんどがF1種(雑種第一代、first filial generation)として一代で役目を終えてしまいます。同様に、日々生み出されるデザインの多くがその場限りで消費され捨てられています。種とデザインに通じるものを見出し、未来に何が残せるのかを多くの人と共に考えていく取り組みです。これまでには、ファッションや音楽、現代美術、陶芸など幅広い分野で活動する方々と共に講演会や演奏会、ワークショップ、料理などを行い、全国各地の会場やオンラインでたくさんの出会いを創出してきました。そのように多様な分野の、様々な方々の橋渡しをする原動力についてもお聞きしました。
「好きなことをどんどん深掘りしていくと、(自分の)好きなものそれぞれが地下水源で繋がっています。自分の中で、企画をするということは橋を架ける作業です。本来繋がる、同じような価値観や素晴らしい何かがあったときに場をつくったり企画をすることで、それぞれが混ざっていきます。世の中の多くの企画は、集客や経済的な側面が強いと感じます。自分が尊敬する方々との企画はインスタントでその場限りのものにすることはできないな、と。「種を蒔くデザイン展」に参加している、「ミナ ペルホネン(minä perhonen)」のデザイナーであり創設者の皆川明さんや現代美術家の大竹伸朗さんたちは積み重ねてきた時間の厚みが違います。とても大きな時間のスケール。岩崎さんも含め、その何十年もの時間の濃さを損なわず、どうやって繋げるのかということを考えます。自分が橋を架けることで、新たに岩崎さんや皆川さん、大竹さんを知る人が出てくるでしょうし。それは、自分にとってとても幸せなことです」。
「タネト」での日々も小さな企画の積み重ねだと捉える奥津さん。お話を伺った日は、前日に台風が接近し野菜の品揃えが少ないという日でした。「台風で野菜があまりないという状況で、じゃあどういう風にすれば来てくださる方が喜んでくれるだろう、ということを考えます。どうやって興味をもってもらうのか、どうやって出会いの場をつくっていくのか、そうやって幸せな出会いをつくることが企画の本当の意味だと思います」。インスタグラムにも力を入れていますが、それは「接続面」をつくるため。在来種の美しさはアートやデザインなどをやっている人々に響くはず、との思いからそのような人々に対して「接続面」をつくっています。「社会の中で、本質的なものに対してのリスペクトをもっている人たちに向けて、接続面をつくりたいということです。生産者の方々には生産に集中して欲しいです。接続面をつくるのが、自分の仕事です」。
写真:市橋正太郎
「タネト」公式HP:https://www.organic-base.com/taneto/
市橋正太郎公式インスタグラム:https://www.instagram.com/ichihashishotaro_/
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